道珀の水路

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NO33

津野町

道珀により寛永5年(1708年)完成された用水である。道珀は、葉山一帯を支配していた津野氏の家臣白石源介の弟で白石与介といい、法名を道珀といった。慶長5年(1600年)関ヶ原の合戦で長宗我部氏が滅びたため職を召し上げられ、心機一転駄場の高地の美田化を思い立ち、一念を注いで水路の開さくに着手した。白石中谷の奥の北山にある四天神の滝は、高さが10数mある上に急傾斜のため滝壺に近寄れない。この滝水を取水して全長1.5キロ、道珀の水路がある。道珀は取水口の東上方にある巨岩(見積もり岩)の上で幾日も水路ルートなどを見積もった後、のみとつちを両手に持って岩盤にいどみ、十数年を費やしてこの水路を掘り切った。世人の冷笑を背に、黙々と岩盤を砕き、駄場の水田に輝く稲穂を脳裏に描きながら幾星霜の間、自らの意思を貫き通した不屈の精神は驚異に値する。後世の人々はその業績に深く感謝し、彼の霊を神社として祭り、水田地帯には石碑を建ててその功績を今に伝えている。

道珀の水路

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 土佐の名水40選