大高坂松王丸
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高知県高知市
南北朝時代、大高坂松王丸は大高坂城の城主だった。当時の土佐は北朝方が優勢だったが、南朝方も松王丸を中心に頑張っていて、両派の激しい戦いが続いていた。1338年、後醍醐天皇の皇子・花園宮満良し親王が武将を伴い入国したため、南朝方は一時勢いを盛り返した。そこで北朝方は升形付近に砦を築き攻撃を開始した。「佐伯文書」によると、1340年に大高坂城は陥落し松王丸も戦死したという。1829年この近辺で戦死者を供養する古碑が出土した。その近くに祠が作られ大高坂神社として祀られていたが、戦災により焼失し、後、久万の松熊神社に遷座した。
(看板引用)
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