舎心山 太龍寺
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四国霊場第二十一番札所(古義眞言宗)
舎心山 太龍寺(しゃしんさん たいりゅうじ)
御本尊:虚空蔵菩薩(寺傅、弘法大師作)
脇士:千手観世音菩薩 不動明王 毘沙門天王
御詠歌:太龍の 常に住むぞや げに岩屋 舎心聞持は 守護の為なり
所在地:徳島県阿南市加茂町龍山2
縁起:神武天皇東征の際甲寅五月十六日神世の妙貴を尋ねて登山行幸あり。南の舎心嶽に於いて數輩の軍兵と共に通夜の上、天に向い、懇祈を凝らし給ふに、寅の一點に當り天上の明星に感應ありて、舎心の石盤に五寸の神像天降り現れ給ふ其の目先三十五脉靉靆として天地赫々たり光明の滴り聚まる所靈水湧き出して、龍王守護する所常佳なり、即ち石を砕きて石壺を作り其の内に神像を納めしと云う。是れ即ち能滿虚空蔵菩薩にして、是れ當山の御草創なりと傅ふ。
後壹千三百九十餘年を經て桓武天皇延暦七年弘法大師十五歳の時當山に登りて御修行され、又同十一年大師十九歳の時、佛法の不二を求めるべく決然京を去って四國に渡り名山、大川を跋踄して心身を鍛え人跡稀れなる此の太龍嶽に再び登り彼の神武天皇感得の明星來影の神像を拝し求聞持の大行を修す。後又延暦十七年二十五歳の時三度登山し、桓武天皇の綸旨を承り阿波國司藤原朝臣文山に命じて伽藍堂舎の建立をなさしめ給ふ。其後一時衰微せしを淳和天皇御勅願ありて天長二年大師五十二歳の御時再興し舎心の靈蹟に因みて舎心山と號し、太神龍神守護の伽藍なれば太龍寺と稱し、神佛常に住む浄土なれば常住院と唱えられる様になった。蜂須賀家代々信仰淺からず、地所、山林等を寄進して今日に及べり。境内は千舌の老杉欝蒼として其間に本堂、大師堂、三重塔、多賓塔、金堂、其の他建物魏然として實に荘嚴の感に打たる。
當寺は大師御修行の地として四國中の巨刹にして衆生の信仰頗る篤し、寺賓も亦多かりしが明治二十七年火災の為古記録、賓物、什器等鳥有に歸したるが旗大僧正、松本泰信老師鋭意復舊に努めたる結果舊觀に復するに至り、今現存せる寺賓は八祖相承之鈴、瑜祇塔、善女龍王、龍馬、法華経、大師御袈裟一條、五尺錫杖、千手観音、古文書等あり。
太龍寺本堂
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太龍寺大師堂
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太龍寺山門
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太龍寺多賓塔
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