五劔山 八栗寺
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四国霊場第八十五番札所(古義眞言宗)
五劔山 八栗寺(ごけんざん やぐりじ)八國寺
御本尊:聖観世音菩薩(丈四尺五寸弘法大師作)
脇士:不動明王 愛染明王
御詠歌:煩悩を 胸の智火にて 八栗をば 修行者なしで 誰か知るべき
所在地:香川県高松市牟礼町牟礼3416
縁起:五朶の峰雲表に聳えて神偉の氣、全山に瀰滿せる當山は、誠に是れ玄聖の遊化する所、列僊の區陬とする所なり。寶龜年間、弘法大師御幼少の砌登山して、土泥を以て三千佛及び十王の像を造りて遊び給ひ、其の後大師再び此の峰に攀ぢて虚空蔵求聞持の法を勤修し七日を經るに及んで明星來影し、三七日に至りて五柄の利剱虚空より降る。其の時金剛蔵王示現して告げ給はく、「此山は佛教相応の霊地なり。大徳は弘法の人なり若し此獄に就て伽藍を建て三寶を弘めなば我常に擁護せん」と、大師乃ち中獄に於いて蔵王の權扉を開き彼の五剱を嚴岫に埋め以て山の鎮護と爲す故に五劔山と稱す。又大師自ら千手観音の像を刻み堂宇を建て之を安置す。故に千十院と名づく是れ當寺の濫觴なり。同時に五剱山第四の獄の裾に四佛の像を刻み中獄の岩面には丈六の毘廬遮那を刻せしが大日一佛は今尚威容燦然たり。而して絶頂に登りて四方を展望すれば八箇國の境寸眸の裡に集まるが故に初めは八國寺と號せり。然るに延暦年中、大師入唐前に再た此處に來りて求法の前効を試み燋栗八枚を植ゑ置けるが歸朝の後、彼の栗悉く長生せるを見て改めて八栗寺と稱せり。爾來、勤念信修の輩登山する者日を追ふて増加し寺名年と共に遠近に聞ゆるに至りしが、天正年間兵火に罹りしを文禄の頃無邊上人再興し、又舊藩主初祖源英公寺録を寄せ修補を加へ、藩主源恵公の時に至りて寺を今の地に移し伽藍を改造し坊舎を修繕せらる。昔は牟禮、大町の二邑に来院四十八箇坊ありて院名猶舊記に存すれども、現今は洲崎、開法、西林の三箇寺なり。當寺の本尊の體驅小なるに依り古佛丈四尺大師御作の正観音が寄附せられ以て千手観音に代へて本尊とせり。今の本尊正観音是れなり。
八栗寺本堂
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八栗寺大師堂
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八栗寺山門
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