蘇州空中戦

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(上海事変)

爆弾投下敵陣粉砕

爾後、約半ヶ月間は前記の各隊を以て、連戦不断の攻撃を継続しつつあり、且つ其間我が第00團、混成旅団及び横須賀特別陸戦隊等を、此の附近に無事上陸せしめたのであつた。斯くて三月一日に至り、上海北方に於ける陸軍の總攻撃は效を奏し、敵が敗退するに及んで、急據之れを攻略するに決し、陸軍部隊を豫備隊として第0水雷戦隊の陸戦隊呉淞支隊、上海陸戦隊の一部及び能登呂飛行隊をもつて、三月三日の未明より總攻撃を開始し、第0水雷戦隊陸戦隊は、先づ地雷の危険を冒し、敵の抵抗を排除しつつ邁進し、午前七時三十分江岸の信號竿に軍艦旗を掲揚し、更に進撃して、同八時呉淞砲臺を完全に占領した。之れに引續き各部隊も豫定の如く進撃して午前八時三十分桟橋を中心とする約千米の地點外に撃退して了つた。因に、呉淞は支那江蘇省蘇州府に属し、一千八百九十八年秦皇島、三都墺と共に開港場となつたのである。けれども港内は風波荒く碇泊に便ならず、随つて商業は振はず、併し頗る要害の地であつて港口に所謂呉淞砲臺があり、松滬鐡道は上海に通じて居る。嘗て往時阿片戦争の際には陳化成が玆に戦死した著名な歴史の地である。本圖は蘇州空中に於ける壮烈なる戦闘の實況であつて、我が飛行機の活躍振りは、漫ろに血湧き肉躍るの想を禁じ得ない。

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