山崎太郎の碑
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山崎太郎は田辺島の人。大正3年から昭和4年までの約20年間大津村の助役あるいは村長として村行政に尽力した。とりわけ大正14年9月17日の大水害では死者2人のほか、今土居・水張・長場江の各堤防が決壊、舟入川に架かる橋も流されるという惨事となった。当時の村長山崎は災害復旧のため上京し、浜口雄幸大蔵大臣に陳情して国庫から無利息の融資を受けるなど、献身的に努力した。また国鉄大津駅の設置についても、中央に顔のきく山地悦弥の協力を経て開駅に成功した。
(看板引用)
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