野中兼山頌徳碑

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野中兼山(1615〜1663)は 土佐二代藩主山内忠義の執政として藩のため林業 治水 利水 農地開発 港湾開発 漁業振興に尽瘁く 上杉鷹山 熊沢蕃山と並び天下の三山と称えられた土佐の生んだ偉人である 兼山の治績は全県下に及び今日の高知県の基礎をつくったが 物部川の山田堰(湾曲斜め堰)・柏島港(トンボ口利用)・手結港(防砂堤の配置)等の優れた技術は 現代でも高く評価されている 手結港は明暦元年(1655)に開削されたもので 日本最初の掘込み港湾として有名である このほど内港は兼山築造当時の原形に復元され 兼山遺構の唯一の原形を止めるものである この内港の復元を機に 兼山の頌徳碑をこの地に建て 歴史港湾としての名声と 兼山の偉業を永く後世に伝えたいと念願するものである。
(頌徳碑の碑文より)
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