西養寺
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第三章武家美術時代
第二節建築
以上は寺院建築の槪略であるが、更に當時代に建てられた寺 院にっきて年代順に記述すれば文治元年に長岡郡介良村に走湯山西養寺が開基せられた、これは壽永元年九月に源頼朝の同母弟源希義が平氏の家人蓮池家綱、平田俊遠等の爲めに坂折山にて殺されたのを介良の僧琳猷上人が希義と舊ありて賴朝の命により希義の冥福を弔はん爲めに建てたものであつた
鎌倉時代以後室町時代に通じて將軍執權家の保護が極めて厚く整然とした建築であつたが今を距るニ百十年前正德三年の火災に烏有に歸し、その後寺は他に轉じて只希義の墓碑を止むるだけである。
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