再建棟札

トップページ高知県の観光高知県の美術第三章武家美術時代>再建棟札

第三章武家美術時代

第二節建築

二、城郭建築

再興の棟札の銘は「追手御門建替新作事、享和元辛酉十二月四日御楝上、御奉行五藤內藏助正順、柴田織部勝榮、御作事奉行諏訪半兵衛重故、市原三郞兵衛正興。大工頭梁野村孫丞保繼、森下半丞景寬等で御仕置役御山方などの氏名もあるが省畧する。而してこの門は石垣の上に誇つてゐるがその石垣のプ ランはコの字を逆にせし升形にてその開きロを東向け更に南と北へ一直線に石垣が延長されてゐる。追手門の西側より南方へ績ける石垣は南へ長さ十ニ間それより東へ折れ十三間にて更に南へ折れ三間にてその高さニ間半長さニ間半にて往時はニの丸、三の丸等の石垣と等しく橫石を以て築きたるも藩の中期に巨大な平石を以て莊嚴に外觀を整へて改築した、更に追手門の東側より北方へ續け る石垣は北へ長さ十五間高さ三間厚さニ間半である。此の城廓內の石垣其他には一切石灰岩を用いてない。石灰岩は白色にして死石ごゐつて嫌つたもの でぁる。然して追手門外の巨石は大なるものが長さ一間である。

城の起源

トップページへ戻る  高知県の観光へ戻る 
高知県の美術へ戻る