桐に鳳凰の彫刻
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第三章武家美術時代
第二節建築
二、城郭建築
著者は尙高知城內欄間を陳列し取片付け藏せりと傳へらるる縣應倉庫內にて島村三四郞作なる高さ三尺ー寸長さ六尺ニ寸ある梅の枝の欄間と作者不詳なる桐に鳳凰なる前者と同大の欄間を發見した島村作は刀痕磊落にして刀にて打ち切り頗る圓熟せる作風を示しもつこうの輪廓を施しその外側には綱代形の透彫となつてゐる、更に又別に桐に鳳凰の欄間は刀法優秀のものにてその銘には『御奥鳳凰彫物地福ろの下』との墨書があつた。この鳳凰の彫刻は予はニの丸の化粧の間の欄間と致するから多分亨保の火災後にニの丸改築に當り新に製作したものと推定してゐる。
