二の丸大玄関

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第三章武家美術時代

第二節建築

二、城郭建築

ニの丸表御殿の創建せられた慶長年間に於ける上段の間や大廣間や居間や化粧の間など装飾繪書は未詳であるが三の丸の繪書の筆者が描いたのではないかと思はれる只居間の張付は豐昌公の時代に江戶 にて揮毫せしめたものを撰定して用いてあつたことが古記に錄されてゐる、元祿年間に於けるニの 丸の建物は大部分枌葺なりしも處により瓦葺であつたことは祖父江家記に云ふ元祿十ー年寅十月廿 六日ニの丸臺所御料理所出火し裏板と瓦の間枌付へ焦げ付き燃え餘程煙出しも見付け消し留めたりとある、又寬文六七年頃の城廓圖にも枌葺と瓦葺との楝が入り交つてゐる。枌蒼の建物の屋根裏は悉く銅板葺となつてゐて絕對に雨のもらない構造になつてゐた。

城の起源

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