佛國の長射程砲
高知県の観光>戦争と日本>軍艦集>佛國の長射程砲
佛國の長射程砲に至ってはその正體を知る由もないが、1920年12月中6日間に亙って、リエージの近傍で佛國のマーズ大佐が發明したといふ二百哩(322キロ)の射程を有する火砲の實驗が行はれたことは確からしい。この實驗は小型の模型に依って行はれた。この火砲は特異の設計を以て製作せられ、タービンに似てゐるといふ理由でTarboと命名せられた。抑々弾丸が長距離に達するのは特殊の抛射藥を使用すること、砲身の構造及び弾丸の特性に基因するのであるが、最も奇異に感ずるのは砲身の肉厚が前後同一なることである。そのセンチ平方上の腔壓は3000瓩であるといふ。實驗に立會した者は佛國及び白國の技術者のみであった。兩國の當局はこの火砲の秘密を保持することについては最大の努力を拂つてゐる。佛國のエール將軍はその著書「砲兵の過去、現在及び將來」において佛國の國狀は約200キロの射程を有する火砲を必要とする。そしてかくの如き火砲の實現については、何等躊躇すべき理由なしと述べてゐることと思ひ合せると、二百哩砲は大袈裟過ぎるが、佛國で長射程砲の製作に著意してゐることは想像し得られる。