海岸砲と攻城砲

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黒船の来航に泰平の夢を破られて周章措くところを知らず、下田の濱に釣鐘を並べる等の騒ぎを演じてから八十餘年、科学の進歩と共に青銅砲は鋼製砲に、先込或は元込式に、滑腔砲は施綫砲に變り、砲身後坐式砲架の採用、空氣複坐機の發明等もあつて、火砲は當時のものに比して全く面目を一新されたかの感がある。第一圖は最近五十年に於ける海岸砲進歩の一面を表はしたもので、初速は勿論口徑砲身長まで異常な發達を來し、現在では初速900メートル、砲身長53口徑(口徑の53倍、42センチであれば22メートル)にも達し、その重量も100瓲を越える巨砲も珍らは無いやうになつた。若しこの曲線のやうに進歩するとすれば、今から七年後の1940年には、初速940メートル、砲身長58口徑、重量120瓲といふやうな砲が現はれるかも知れない。海岸砲は海岸防護に用ひられる大砲であつて、各種の艦船目標を撃つため大小長短各種のものがある。例へば駆逐鑑、潜水艦等を撃つ中小口徑砲もあれば、大きな軍艦の舷側や装甲板等を撃破する40センチ級の巨砲もある。またこれ等の火砲の内にも曲射の出来る榴彈砲もあれば、平射を主とする加農もあつて、一概に海岸砲といつても、その種類は數十種に上り、各その性能によつて構造機能を異にしてゐるので、一々について述べることは容易でないから、その中の二三のものの概略を述べることとする。

海岸砲

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