銃架並に運搬法②

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駄載は、馬背に載せて運ぶのであるから、最も便利で馬の行動ができるところであれば、如何なる土地でも機関銃を用ひる事ができるといふ、地形の制肘を受けない利益がある。従って、各國共この運搬法を採用するものが多い。車載は、大戦当時より英佛獨等にて採用し始めたものである。この運搬法は大戦以来歩兵隊の機關銃數が激増して、駄馬の不足を補ふため起つたもので、前記の駄載と併せ用ひられてゐる。そして、機関銃が愈々射撃を以て活動する時機になれば、多くは數名の銃手が協力して、臂力でこれを運搬するのが通常でまた運動困難な地形や敵の猛烈な射撃を受ける時等には、銃を分解して各個に部品を運搬するいはゆる分解搬送を行ふ事もある。また軽機関銃は、小銃と同様に一人で運搬するのである。

銃架並に運搬法②

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