当代彫刻の特色1−6
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土佐に於ける推古時代より藤原時代の終りに到る間の佛像につき研究すれば吾川郡秋山村の種間寺は往昔胤間寺とも記し。聖徳太子が難波に四天王寺を草創の際百濟より佛工を迎へ造營し歸途に就くとき佛工等難風に達ひ土佐に漂着せしより海上の安全を祈りて薬師如来を彫刻し種間寺を建立せりといふこと傅へらる然れどもその佛像は遥に後世の作風の特色を有してをる。故に奈良朝以前の彫刻物は土佐に未だ発見されないと云ってよい。然れば奈良時代より藤原時代の終りに至る間に於ける佛像彫刻を挙げて見ると
21、室戸岬最御崎寺の國賓薬師如来座像(藤原末期)
22、仝寺の國賓月光菩薩立像(藤原末期)
23、西豊永村豊楽寺の國賓薬師如来座像(藤原末期)
24、仝寺の國賓阿弥陀如来座像(藤原末期)
25、仝寺の國賓釋迦如来座像(藤原末期)
等である。これ等の佛像は何れも木造であるが只一つ最御崎寺の如意輪観音像が石造であって頗る優秀で國賓甲種三等の指定を受けてをる木像の用材は檜材が主であって楠材のものは三、四体あるのみである。作者は明確に分つてゐるのはない。只寺の傅説として行基や空海の作なる如く傅へてをるものが多いのであるが正しき記録がない。これ等の佛像の中には上國に於ける名家の手によって刻まれたものを此の地に迎え來つて安置せるものもあらうが又彫刻に秀でたる僧侶が閑日を利用して精神を込めて歳月を惜しまず刻苦精勵して完成せしものもあらう。次にこれ等の佛像につき詳説すれば。
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