吸江寺夢窓國師像

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第三章武家美術時代

第三節彫刻

造夢窻國師像は吸江寺にある。元吸江寺は鎌倉時代の末期の文保ニ年に鎌倉なる北條高時の母夙に佛敎に歸依し夢窻國師の名を慕ひこれを鎌倉に迎へんとせしが國師は避けて土佐に下り五臺山に入り庵を建て吸江と稱し隱棱せしに始まる。國師は江上の奇景を勝し十景の名を命ず五臺山吸江庵の名は遠く明國まで聞えた、國師去りし後土佐の人義堂、その法弟絕海等相尋で衣鉢を傳へ茲にて禪定しをの名益々著しかつた、木造夢窻國師像は國師の自刻像と傳へられ高さー尺五寸餘、圓頂木眼にして法衣を纒ひ兩手は前方膝の上にて掌を上にして重ね榻の上に腰を掛けて居るこの像は國寶にあらず、刀痕淺けれども彫刻古樸に衣褶に變化なけれども氣韻に富み雅致あり。啻に史的意味よりその面影を偲ぶ上に於て價値あるのみでない。

彫刻

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