奏神社長曾我部元親像
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第三章武家美術時代
第三節彫刻
木造長曾我部元親像は慶長四年六月嗣子盛親が親ら眞影を畫像として寫さしあ南禪寺の僧惟杏の賛を加へ同地慶雲寺に藏せしをその冬更に木像とし刻せしめしものでこの時慶雲寺を改めて雪蹊寺と云ふこととなつた。元親像は甲冑を着けず衣冠束帶であつて從四位下行少將の姿をなせるものである外觀を記すると頭は圓頂で黑漆塗の冠を戴き顔面は肉色に塗つてあるが勸骨高く眉は聳え眼は王眼を嵌入してある。この像は眉、ロ髯、顎髯を墨にて描きたるままで彫り込んでない。顔面の表情は叙智に長けた人傑の如く見へる。左には太刀を帶び右手に笏を持つて座してゐるが右足の先が左足の臑から出てゐる彫刻は甚だ解剖にかなつてゐない。この木像は彫刻としての價値よりも國史上の史實を說明するものとして價値が存するのである。
