庶民美術時代②

トップページ高知県の観光高知県の美術>第四章庶民美術時代

第四章庶民美術時代

第一節時代の大勢

庶民美術時代とは德川慶喜が大政奉還し明治大帝が踐祚せられた明治元年より昭和ニ年までの六十年間であつて我國の美術が殆んど奇蹟的なる進步發展を遂げたると共に土佐の美術も空前の發達を なして非常なる革命が行はれた、それは從來の美術なる、建築、彫刻、繪畫、美術エ藝並に書道は總て武家の支配の下にありて彼等は朴訥粗野にして美術を解せず之れを賤しめ美術に才能を有するものありしも研究の機關なく封建制度の爲めに他國修業不自由にてあたら有爲の天才も徒らに尋常彫物師、陶工、工匠の群に投じて墮落するを常とした。然るに當代に入り武家が亡びて士農エ商の階級が撤廢せられ四民平等となり封建鎖國の制度は廢せられて藝術、科學、の砑究が解放せらるるに及んで、鄕土の美術は全く庶民の手に落ちて空前の發展を遂げるに到つたのである。

美術工芸

 宇佐町青龍寺 本殿 大師堂 歓喜天堂 仁王門 寶物 乗台寺 本堂 観音堂 大師堂 寶物 岩本寺 金剛福寺 仁王門 鐘樓 多寶塔 十三層石塔 本堂 愛染堂 本地堂 西國卅三ヶ所観音堂 大師堂 護摩堂 客殿 寶物 弘法大師行状畫十巻 嵯峨天皇宸筆額 不動尊軸 水晶珠數 金色五鈷鰐口 境外の奇景 延光寺 延光寺本堂 延光寺仁王門 延光寺大師堂 延光寺客殿 延光寺寶物 高知市高野寺 高知市高野寺樓門 高知市高野寺大師堂 高知市高野寺鐘樓 高知市高野寺庫裡 高知市高野寺寶物 妙國寺 妙國寺山門 妙國寺鐘樓 妙國寺本堂 妙國寺刹堂 妙國寺寶物 要法寺 要法寺本堂 西豊永村豊楽寺 西豊永村豊楽寺通夜堂 西豊永村豊楽寺鐘樓  

トップページへ戻る  高知県の観光へ戻る 
高知県の美術へ戻る